「鶴の恩返し」

昔、ジジイと、ババアがいました。ある日、ジジイは町で体をしごいてました。
すると田んぼの中で、一羽の鶴が、ワナにかかってもがいているではありませんか。
ジジイは、かわいそうにと思い、鶴を逃がしてやりました。
鶴はジジイの頭の上を三ベん回って、カウ、カウ、カウと、さも嬉しそうに鳴いて、飛んでいきました。
その夜、大雪になりました。
ジジイがババアに、鶴を助けた話をして盛り上がっていると、チリリリリンと電話が鳴ります。
ババアは電話に出ると
「オレオレ、オレだよ。オレ。」
聞き覚えのない声です。
「ああ、金太かい?」
と問うと、
「そうそう、金太、金太だよ!」
と返してきたので電話を切りました。多分詐欺でしょう。
そしてまた、鶴を助けた話をして盛り上がっていると、今度は表の戸をトントンとたたく音がします。
「ごめんください。ごめんくださーい。」
若い女の人の声です。
今度はジジイが戸をあけると、頭から雪をかぶった小娘が立って言いました。
「おお、おお、寒かったでしょう。さあ、早くおはいり」
と、ババアはネコをかぶって小娘を家に入れました。
「わたーしはー、このあたりのぅ人を訪ねたよ、どこを探しても見たらず、雪は降るよ。日は暮れるよ、だかーらここまで参るんだってよ。だから泊めたい。」
小娘は、あまり日本語が丁寧ではありませんでした。
「それはそれはお困りじゃろう。こんなところでよかったら、どうぞ、お泊まりなさい」
ジジイは小娘の言葉に被せるように即座にいいました。
小娘は日本語は上手ではありませんでしたが、ジジイの下心をこのタイミングで知り得たのです。
そしてこの知り得た情報は今後大人になるにつれ、必要不可欠な防御策として活用されることでしょう。
…小娘はウソ喜んで、その晩は食事の手伝いなどして、風呂に入って食事をしてすぐ寝ました。
小娘も雪だけでなくネコをやはりかぶったのです。
あくる朝、ババアが布団から目をさますと、ジジイは裸で乾布摩擦をしていました。
小娘はつまようじを口に加え、横たわりながら甲子園を見ていました。
いろりには火が燃え、鍋からも火が激しく吹き出ておりました。
料理の途中で甲子園に夢中になって、鍋に火をあてていたことを忘れている小娘の行動が伺えます。
「まあまあ、昨日の疲れが残っていたんだろう」
…ババアは思いました。
次の日も、その次の日も大雪で、戸をあけることができません。
そして次の日も、その次の日も小娘は、日に日に何もしなくなり、昼は甲子園を見て夜は風呂に入って食事をしてすぐ寝る始末でした。
終いには寝ながら屁をこくほどです。
「なんという小娘じゃ。まるでオヤジじゃないか。」
ジジイとババアは、顔を見あわせました。
ある日、娘が頼みました。
「身よりのない娘です。どうぞ、この家においてくださいませ」
ジジイとババアは当初の日本語に比べ上手くなっていることに驚き、思わず言いたいことを言えず呑みこんでしまいました。こんな世の中じゃ、ポイズン。
ある日のこと、小娘が機を織りたいから糸を買ってくださいと頼みました。
ジジイは糸を買ってきました。
「機を織りあげるまで、誰も部屋を覗かないでください」
とかいいながら、閉じこもり機を織りはじめました。
ズッコンバッコン、ズッコンバッコン、小娘が機をおって三日たちました。
ジジイは何故かこの三日間とても元気でした。
「じいさん、ばあさん、この綾錦を町へ売りに行って、帰りにはまた、糸を買ってきてくださいませ」
小娘が空の雲のように軽い、美しい織物を二人に見せました。
ジジイが町へ売りに行くと、それを殿さまが高い値段で買ってくれました。
ジジイは鼻水を垂らしながら喜んで、糸を買って帰りました。
小娘はまた、閉じこもり機を織っているようでした。
「一体どうして、あんな見事な布を織るのだろう。ほんの少し、覗いてみようか」
ジジイとババアが、屏風の隙間から覗いてみると、そこに小娘はおらず、まんまると太った一頭の牛が甲子園を見ながら横たわり、その横に痩せた一羽の鶴が、長いくちばしで自分の羽毛を引き抜いては、糸にはさんで機を織っていました。
「ジジイや、ジジイや」
驚いたババアは、ジジイに、このことを話しました。
ズッコンバッコン、ズッコンバッコン・・・。
機の音が止んで、痩せ細った鶴が、布を抱えて出てきました。
「じいさん、ばあさん。わたしは、いつか助けられた鶴でございます。ご恩をお返ししたいと思って参りました。けれど、もうお別れでございます。どうぞ、いつまでもお達者でいてくださいませ」
そういったかと思うと、おじいさんとおばあさんが止めるのも聞かず、たちまち一羽の鶴になって空へ舞い上がりました。
家の上を三ベん回って、チャー、シュー、メン!、と鳴きながら、山の向こうへ飛んでいってしまいました。
牛も帰りました。
「鶴よ。お前も達者でいておくれ。それにしても、もう一頭の牛は何じゃったんじゃ…」
ジジイとババアは、いつまでも顔を見合わせました。
それからのち、ふたりは布を売ったお金で、チンチロリンにハマったとさ。